昭和49年08月11日 特別奉修委員
朝の御祈念の時に、横行と言う事を頂いておりました。横に行くと書いてあるね。これは大体あの、良くないことでも平気でそう言う事が横行しておると言った様な時に使う。あんまり良い言葉ではない、私が頂くのは縦に行くと言う事に対する横行の言う様な感じで頂いたのですけれども、それは頂いておって忘れておった。午前中また頂きました。それが私と皆さんの場合はこの二十五年間の場合でも随分深く繋がってきた。
だからこそ、二十五年間もいうならば、皆さん信心が継続されておるわけですからね、これからの合楽の場合は、それが横に行かなければいけない。横にね。それがこうやってその、特別奉修委員の方達、でもただこれだけの人数に限定されることなしに、そういう素晴らしい御祈念会なら、私も参加させて下さいと言った様な、宣伝がどんどんなされなければいけない。
それが十人よりも五十人の人達が合楽教会を中心にまたは、私なら私の健康を祈って下さると言う事になればそれだけ力になると言う事だけではない、教会と私との繋がりと言う事だけではなくて、そのことによって横に繋がっていく、横に手を繋いでいくという広がりが出来ていくと言う。素晴らしいです。合楽がもう宣伝時代に入ったと言う様な言葉を持ってしておりますが、とにかく素晴らしい会であるならば素晴らしい会であるほどに、それが一人でも横に横行していかなければね。
横に繋がっていかなければならない。それで始めて大きな意味合いに置いてのプラスという事になるわけなんです。ですからおかげを頂いて本当に今の合楽はあの、どう言う事になるのでしょうかね、とにかくあの親先生が言うておられる通りになっていくというのが合楽の信心なんですからね、赤という時に赤になってしもうたり、白と言い出したら、この頃まで赤といいなさってからちいわずにね、ぱっと白に切り替えていくという生き方を身に付けて行く以外にない。
それが合楽という船に一緒に同船しておる事になるわけです。もう二・三ヶ月も前でしたでしょうか、あの野口さんの三番目の息子さんですかね、久留米におります。のがその御夢を頂いたというて、良子さん一番上の姉さんに話されたと言う事ですけれども、夢の中に、その娘さん達の上に現れるわけですね。そして言われることが「あんた達のことはもうお母さんは合楽があるからもう心配せんと言われたそうですね。あんた達のことはね、合楽があるからお母さんは心配はせん。
あんた達が合楽におかげを頂いておいてくれさえすれば、もうお母さんは心配しないとこういう意味でしょう。そしてこちらではとにかく忙しゅうして、忙しゅうしてあんた達に構うておる暇はなか」という意味の事を言われたと。と言う事は、丁度今の合楽の方達がいわゆる宣伝時代に入って、もうとにかく今日はどなたにお話さしてもらおうか御取次ぎを頂いて、誰にも彼にも一日中、そういう気持ちにならせて頂いたらもう本当に、例えば中村さんじゃないけれども、おかげの泉でも十冊づつ買わせてもらう。
そしてお客さんに御話しする。だからそれを買うて下さい。もうお話もする。だからもうこの頃はおばしゃんの話しを聞くのが楽しみというごとしてもうね、そういう風になってくる時にです私は、信心というものの強みというか、ここがもう間違いないと言う事になってこりゃせんだろうかとね。それはもう、あそこのおばしゃんだんはもう金光様きちがいと、例えば思われてもあの店はだから間違いのない事だ。中村さんが言うておらえます。「先生、こげんやって、神様の事を一生懸命御話ししよるとですね。
もう例えば、粗雑にしてもよかような人にでもですね、粗雑には出来ない」と言う様な意味の事を言っております。これは素晴らしいですね。私は青年時代、青年というのはまだ、子供会の時分でした。今の善導寺の岸先生がまだ青年の時分でしたが、その時にこういう話しをしたことが今でも残っております。あのね人の前ではね、自分は五つしか出来んでもね、十も出来たごたる風に話しておけと。そうするとね、その人の前だけでも実行しなければおられない。
良いことを実行すればやっぱり気持ちがよいから実行する様になると言う事なんです。それがまだ、子供心に残っております。いわゆる中村さんがそうです。一生懸命信心話しをしよるけんで、お客さんを粗末に扱う訳にはいかん。もう心からやっぱりその実意を込めてお客さんを扱わにゃいかん。これが又輪に輪をよんではあちらの店は親切だあちらの店は中々安くて美味しいと言う事にもなってくるのじゃないでしょうか。
「もう他所の店ではこの頃、不景気不景気と言いなさるばってん、私は可笑しいごととにかく、もうどげん安く売ったっちゃ儲けは去年よりも一昨年よりも多いのにこの頃驚いておる」と中村さんが毎日のようにそのことをお届けされます。ですからそういうおかげもついてくるのであるし、それこそあの御霊様、野口さんじゃないけれども、今月はいよいよ、野口さんの一年の式年がございます、美登里会の方達はどうぞあの、特別にご案内があっておりますから、その積りでどうぞご参拝を頂きたいと思います。
四時からだそうですから。それがあの、野口さんじゃないですけれども、とてもとても私はそげな事には構うてておられん忙しゅうして忙しゅうしてちいうくらいにですね、例えばなら家庭なら家庭の御用でもです、たとえばなら今日あの久保山さんが、久保山さんのお姉さんのほうですけれども、もう、本当におかげを頂き、昨日も月次祭の帰りにその、大祭のご案内を五枚頂いていったち。
帰ったらその娘達にしたら、あそこにださなん、あそこにもかいてやろうというて、もう、娘達が先に立ってです、お母さんが実にそこに、おかげを受けておる事実があるから。そして、私共こんどの大祭にはどうでんこうでんつれて参ってくれんのといいよります。娘達がそう言うておる事がありがたいと。そういう雰囲気がです、今お互いの合楽の全信奉者の家庭にはそういう雰囲気がなからなければいけんです。
今日ある方がです、まあ普通でいうなら難儀な問題です。ですからその難儀な問題を踏まえておりますから人にはあんまり、宣伝はし難いと言う事を言われました。けれどもね、金光様の信心をしよるから、雨も降らん風も吹かんと言う事は無いけれども、こういう例えば雨嵐と思われるような事に直面しておるけれども、こういう心持ちでおれると言うことが信心ですばいち。もし私に信心がなかったならばどげんなっとったか分からんという話しをしたらよかじゃないですかというて、今朝からも申しました。
おかげをここに、どんな素人が見てもおかげと見きるものを、頂いておかなければ宣伝はできないと言うことではない。とにかくなら、家族の中に信心をしておるものが、たった一人の信心であってもです、家族中のものが勢を揃えなければ宣伝ができないと言うことではない。それは時期の問題。問題は自分自身がです、極楽に行っておる話しをしたらいいじゃないかと、自分自身が有り難いと思うておる話しをしたらよい。
こういう問題に直面しながらもこういう安心した心で心を取り乱さずにおれれるということは信心とは有り難いことですばいというて宣伝をしてきなさいというて今朝からも申しました事ですけれどもね、どうぞ一つ本気で今からは私と皆さんの場合は縦の繋がりはもうしっかりこうして結ばれておるのですから、これがいよいよ横にね、広がっていく。いわゆる昨日から頂きます、氷にです光りの和が限りなく広がっていく、一つおかげを頂いてもらわなんならん。
今まで二十五年間というもののはずっと根の部分を張るだけ張ったという感じです。だから少ししか芽がいっていなかった。けれどももう今度は上に伸びるばかり。というのがこれからの私は合楽だと思います。只今その事のお礼を申させてもらいよりましたら、キュウリを頂くのです。長いきゅうり。そしてあのなり口のところがちょっと苦いでしょう。ちょっと切って、苦いでしょう。だからこうこうまじないかどうか、キュウリということは久しい理と言うことですから、お徳と言う事です。
もうこれからは、頂いていくおかげ、御徳のほうが長いのです。二十五年間は丁度切り口の苦い思いのところだったというてもよいくらいです。神様の目からご覧になれば、二十五年間というのはちょっと、なすびの切り口で、いうなら御徳のほんの、序の口だったと言うことです。これからいよいよお徳を受けて行く、いうならば、今よりゃ拝みよりゃ合楽でお徳を受けるかといえばそうじゃない。
いよいよ合楽を現していく、いよいよ、横に広がって行くことのいわば、運動員にならせて頂くと言うくらいなです、生き方がこれは合楽を現していくことですからこれは、神様も喜んで下さり私共も喜んで行けれるという生き方ですからこれで力を受けないはずはないし、お徳を受けていかないはずもないのです。もう横に、行く、横に行く生き方をいよいよ身に付けていく以外に無いです。
もう人の顔さえみりゃ、合楽の宣伝をするというね、これが一つのそういう風になりきってしまわなければいけない。そこにすっきりとしてくるところにおかげがいよいよすっきりしてくるでしょう。善導寺の原さんが、夕べ御夢を頂いておられます。二階にあがっておる。しかも二階で井戸が汲めれるようになっておる。ところがその、湧き水はどんどん入ってきておるのですから、これならにごり水じゃろうと。だから澄まして使わなんじゃろうというところを頂いた。
今、私共が下から二階に一段上がったところなんです。ですからまだスッキリしていないことだけは事実なんです。私はもう皆さんにまた親先生がその話しをしなさるというくらいに御話しを続けて行くことにしておる。当分。当分というか、一生懸命この事を皆さんに聞いてもらうことでしょう。皆さんが本当に横に広がって行くことのために一生懸命のいうならばね、宣伝員というでしょうかね。
以前は和賀心時代を創るという運動員という風に申しておりましたが、今は宣伝という言葉を使いますから、お互いが宣伝員なんです。その専攻を受けたまらせてもらうのは皆さんなんです。ですからそういう生き方がまだすっきりしていないことがおびただしいのです。私が皆さんのありかたをみてもそうなんです。けれどもそれがすっきりとです、それがもう当然のこと当たり前のこと。私は今日ある方に御神米も宣伝の材料ですよと。というて私は御神米を五体下げました。
そしてこれをはあ頭が痛い。それを頂きなさい。絶対におかげを頂く。この頃、久保山さんじゃないですけれども、村内から温泉行きがあった。行きがけはもう皆賑やかにしていきござったのが、中に一人なんかくうとした人がある。
(途中末尾切)